3年の夏、第74回大会で、明徳義塾(高知)に5打席連続敬遠されて松井の甲子園は終わった。「高校生らしくない」「勝負しろ」と場内が騒ぐ中、ボールと知りながら最後まで投球から目を切らさぬその姿に、勝負に対する強い執念が見えた。
阪神入りを希望していたが、ドラフト1位で巨人に入団した。
写真は、明徳義塾戦の九回二死三塁で、5打席連続の敬遠四球を受ける松井選手。左は明徳義塾の河野和洋投手(1992年08月16日) 【時事通信社】
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