スクロールで次の写真へ
1972年の札幌冬季五輪のノルディックスキー70メートル級ジャンプで金メダルを獲得した笠谷幸生選手の飛躍。冬季五輪における日本の初めての金メダルとなった。日本の「日の丸飛行隊」は、金野昭次選手が銀メダル、青地清二選手が銅メダルと続き、金、銀、銅メダル独占の快挙を成し遂げ、日本中を興奮の渦に巻き込んだ=1972年2月6日、北海道・札幌市の宮の森ジャンプ場【時事通信社】
笠谷さんは1943年生まれ。北海道余市郡の出身で、余市高から明大、ニッカウヰスキーと進んだ。
五輪は1964年インスブルック大会から76年インスブルック大会まで4大会連続で出場。3度目の出場となった72年の札幌大会の70メートル級で冬季五輪日本選手初の金メダルを獲得し、日本中を熱狂させた。ただ、同大会の90メートル級は2回目で風にあおられて失速。7位に終わり、期待された2冠には届かなかった。70年の世界選手権の70メートル級でも銀メダルを獲得している。
現役引退後は指導者、役員として後輩たちをけん引。全日本スキー連盟では五輪ジャンプチーム監督、理事、ジャンプ部長などを歴任し、2010年バンクーバー五輪では日本選手団副団長。ニッカウヰスキーでは東京本社広報部長、北海道支社副支社長などを務めた。