日本の陸軍機 写真特集

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一式戦闘機「隼」

 1937(昭和12)年に、日本陸軍が中島飛行機に開発を命じた単座戦闘機で、試作発注時の名称は「キ43」。陸軍の要求仕様は最大速力が時速500キロ、高度5000メートルまでの上昇時間が5分以内、航続力は半径800キロ以上に加え、「九七式戦闘機と同等の運動性」という条件が付いていた。九七式戦闘機は、同じ中島飛行機が開発し、同年に制式化さればかりの単座単葉機で、極めて高い運動性を備えており、当時の技術力では陸軍の求める速力や上昇力と九七式戦闘機並みの運動性を兼ね備えることは至難の業だった。
 翌38(昭和13)年の年末には、離昇出力990馬力の「ハ25」エンジンを搭載した試作1号機が完成したが、速力、上昇力は要求仕様を下回り、運動性もいま一つという出来に終わってしまった。陸軍もこの性能には不満で、増加試作機の製造は命じたものの、制式採用には消極的だった。ところが、40(昭和15)年に太平洋戦争の開戦機運が高まると、主力だった九七式戦闘機の航続距離が600キロ程度しかなく、広大な太平洋地域の戦闘には役に立たないことが発覚。テスト中のキ43は、増加タンクを装備すれば2000キロを超える航続性能が実現できたことから、41(昭和16)年4月、急きょ一式戦闘機として制式化された。機体のサイズは、全長8.9メートル、全幅11.4メートルで、海軍の零式艦上戦闘機とほぼ同じだった。写真は、45(昭和20)年の沖縄戦で、米軍にほぼ無傷で捕獲された一式戦闘機2型改(沖縄県公文書館提供) 【時事通信社】

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