異種格闘技戦の「原点」 1976年の猪木-アリ  写真特集

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 ムハマド・アリ(米国)と争った1976年の「格闘技世界一決定戦」の写真を前にポーズを取るアントニオ猪木参院議員=東京都内、2016年5月16日【時事通信社】


 1976年6月26日、プロレスラーのアントニオ猪木と、当時のスポーツ界のスーパースターだったボクシング世界ヘビー級王者ムハマド・アリ(米国)が、東京・日本武道館で「格闘技世界一決定戦」を争った。
 海外でも大きな話題を集めたこの異種格闘技戦は引き分け。猪木がマットに横たわってキックを見舞う場面が多く、当時は内容を酷評された。しかし、ルールをめぐって両陣営が試合直前まで対立し、猪木側に不利なルールで試合が行われた背景などが明らかになるにつれ、評価する声も高まってきた。
 試合が開催されてから2016年で40年となり、開催日の6月26日が、日本記念日協会から「世界格闘技の日」に制定された。この異種格闘技戦が現在の総合格闘技の元祖になったと、歴史的価値を認められた形だ。
 猪木議員はこれを受け、「過去を振り返るのも自分らしくないが、試合から40周年で、格闘技の日と制定されたのは大変ありがたいこと。もう一度、世界的な格闘技ブーム、プロレスブームが起きてくれればと願う。次の世代に残さなくてはいけない精神もある。世界に向けた平和的なメッセージを送ることもできるだろうし、足腰がもつ間は(議員活動とともに)頑張っていきたい」と新たな意欲をかき立てた。
 40年前の戦いを振り返り、「そりゃ、勝負だから勝ちたかったし、アリに勝っていれば世界のスーパースターになっていたかもしれないが、試合が不評を買って批判を浴び、時間が経って評価する声も出てきた。そういう意味では人生を学んでいるね。引き分けは、結果的にはよかったかもしれない」と語る。試合後の2人はその後も交流を続け、アリ氏から贈られたテーマ曲が「炎ファイター・イノキボンバイエ」として猪木氏のテーマ曲になったのも有名な話だ。長くパーキンソン病を患うアリ氏とは、関係者や家族らを通じてずっとコンタクトを取り続けているという。

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