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全国社会人ラグビー・神戸製鋼-九州電力の後半、トライする神戸製鋼の平尾誠二(中央)=1993年12月19日、大阪・花園ラグビー場【時事通信社】
ラグビーの元日本代表選手で、日本代表監督も務めた平尾誠二氏が2016年10月20日午前に死去した。53歳だった。京都市出身。
平尾氏は統率力の優れたSO、CTBとして1980年代から90年代にかけて活躍。京都・伏見工高では1980年度の全国高校大会優勝。同大に進み、82年度からの全国大学選手権3連覇に貢献した。英国留学後、神戸製鋼に入社。主将に就任した88年度から、チームは日本選手権7連覇を達成した。
同大在学中に当時最年少の19歳4カ月で日本代表デビューを果たし、35キャップ。89年のスコットランド戦では主将として歴史的な勝利に導き、ワールドカップ(W杯)には87年の第1回から3大会連続で出場した。引退後の97年、日本代表監督に最年少の34歳で就任し、99年の第4回W杯で指揮したが、3連敗で1次リーグ敗退。代表監督を退いた後は神戸製鋼のゼネラルマネジャーとしてチームを支えた。
日本ラグビー協会では評議員、理事などを歴任。2019年W杯日本大会組織委員会の事務総長特別補佐となり、広報活動などに尽力した。日本サッカー協会理事、中央教育審議会委員も務めた。