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第2次世界大戦末期、ドイツが実戦に投入した親子攻撃機。上に乗ったフォッケウルフFw190戦闘機が母機で、ここに操縦士が搭乗する。下のユンカースJu88爆撃機が子機となるドローン(無人機)で、実戦では1.7トンもの高性能爆薬を機首部分に搭載する飛行爆弾となった。ミステルは、母機と子機が一体のまま離陸した後、目標近くで切り離された子機が自動操縦で目標に突入する。ミステルとはドイツ語で「宿り木」を意味し、厳密には子機部分だけをミステルと呼んだ。写真(米国立公文書館提供)は、ドイツ領内に侵攻した米軍がこの機体を捕獲した際に撮影した。子機のJU88は爆薬を搭載していないミステルS2型というタイプで、訓練機として使われていた。
切り離されたミステルは母機から遠隔操作されるのではなく、速度や方向の変化を感知するジャイロコンパスを利用した自動操縦装置で自律飛行した。ただし、ターゲットを認識して自ら針路を変えるようなことはできず、母機のパイロットが設定した照準点に向かって直進することしかできなかった。ミステルの開発は1942年から始められたが、実戦に参加したのは44年6月のことだった。事前のテストの結果、10キロ手前で切り離された子機が40メートル程度の誤差で目標に突入する精度があるとされていたが、実戦では1.6キロ程度まで目標に近付いてから子機を切り離した。終戦までおよそ200組のミステルが製造されたが、母機と子機が一体の状態では機動性が極めて悪く、目標に近づく前に敵戦闘機に撃墜されることも多かった(1945年撮影) 【時事通信社】