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ルーマニアのチャウチェスク大統領は、共産主義体制下で四半世紀にわたって独裁体制を敷いた。自分の一族を党や国家の要職に起用する縁故主義を進める一方、国民には困窮生活を強要。また、東欧の共産主義国家の中でも特に厳しい言論統制や監視体制を敷いた。民主化のうねりの中で同国西部のティミショアラで1989年12月16日に始まった抗議行動は首都ブカレストに拡大。チャウシェスク大統領は22日にブカレストを脱出し、共産主義体制は幕を閉じた。大統領夫妻は25日、「特別軍事法廷」で「死刑判決」を言い渡され、その日のうちに銃殺された。チャウチェスク政権転覆前後に発生した混乱では、約1100人が死亡したとされる。写真は政権転覆直前の共産党大会で書記長に再選され、就任演説をするチャウシェスク氏(1989年11月24日) 【AFP=時事】