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1945(昭和20)年3月、米軍は沖縄への侵攻を開始した。まず、3月26日に沖縄本島の西側の慶良間諸島に米軍が上陸、地上戦が始まった。4月1日には、米軍の陸軍4個師団、海兵隊3個師団など約20万人の兵力で沖縄本島へ上陸、日本は陸軍約8万6000人、海軍約1万人で迎え撃ったが、そのほかに中学生以上の沖縄県民2万~2万5000人が兵士として戦場に投入された。また、高等女学校の生徒ら女子543人も臨時の看護婦などとして従軍した。写真は、沖縄本島に上陸するため、沖合から海岸に向かう米軍の上陸用舟艇(米海軍歴史センター提供)。
上陸した米軍は沖縄本島を南北に分断する形で進んだため、狭い南部には10万人以上とみられる一般県民が取り残され、米軍の激しい攻撃の中、まさに地獄絵が展開された。女性や子どもなど非戦闘員の集団自決なども発生し、およそ3カ月の地上戦で県民の戦没者は沖縄全体で10万~15万人と推定されている。また、日本軍の戦死者は現地召集の兵士も含め約9万4000人に達した(1945年04月01日) 【時事通信社】