ハーフ団、百戦錬磨の味 ポラードとデクラーク―ラグビーW杯・村田亙の視点
2023年10月30日07時08分
南アフリカはハーフ団のポラードとデクラークが百戦錬磨の味を出した。最終的にはプレースキックの差。ポラードのキックで勝ったと言っても過言ではない。デクラークは、負けたくないという闘志満々のプレーをしていた。
ニュージーランド(NZ)に退場者が出て、すぐに勝負が決まるかと思ったが、NZのスキルフルなプレーで試合は拮抗(きっこう)した。後半10分の敵陣中央のペナルティーはPGを狙い、3点差にして重圧をかけるべきだった。相手に一時退場者が出て、お互いが14人の時間帯だったからかもしれないが、結果的にはトライを狙って得点できなかった。後半19分の左からのゴール(失敗)はトップレベルの選手であれば8割くらいは決める位置だが、コルビのキックチェイスもあってか、モウンガは蹴り急いだ感じに見えた。逆転できるキックを2度、外したことが最終的に響いた。
やはりトーナメントになると守備が大事。自陣で反則をしたら3点を失う。敵陣でプレーすることを一番意識していたのが南アフリカだった。自陣から無理な攻撃はせず、コンテストキックか、相手の陣地に蹴り出すかをしていた。敵陣で得意のディフェンスをやっていれば負けることはない。
最後まで、すごい試合を見られて感動した。今大会はカードが出ることが多かったが、それに対応できるチームが最後まで残っていた。3位のイングランドは1次リーグのアルゼンチン戦で、14人になってもキックだけで勝った。臨機応変にできるのが世界。日本はそこで差がある。やはり強い相手との試合経験を積むしかないのだろう。
◇村田亙氏の略歴
村田亙(むらた・わたる)東福岡高から専大を経て、90年に東芝府中(現BL東京)入り。攻撃的なSHとして、96年度からの日本選手権3連覇などに貢献した。99年に日本人初のプロ選手としてフランスリーグのバイヨンヌ(当時2部)と契約し、2シーズン在籍。帰国後はヤマハ(現静岡)で40歳まで現役を続けた。日本代表41キャップで、W杯には91、95、99年に3大会連続で出場。現役引退後は7人制男子日本代表監督、専大監督を歴任した。55歳。福岡市出身。