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けがに泣いた天才 欧州も認めた才能―サッカー小野引退

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フェイエノールト時代の小野伸二=2001年8月、オランダ・ロッテルダム(AFP時事)

フェイエノールト時代の小野伸二=2001年8月、オランダ・ロッテルダム(AFP時事)

  • W杯日韓大会のロシア戦で喜ぶ小野伸二(左)。右は稲本潤一=2002年6月9日、横浜国際総合競技場(AFP時事)

 日本サッカー史上、唯一と言える「天才」だろう。44歳の誕生日に今季限りでの現役引退を決めた小野は「39年間もの間、僕の相棒として戦ってくれた『足』がそろそろ休ませてくれと言うので」と説明。ボールを扱うのではなく、優しいタッチで自在に操ってみせた小野らしい言葉だった。

小野、今季限りで引退 44歳、W杯3大会連続出場―J1札幌

 静岡県沼津市出身。同郷で中学時代から小野を知る山本昌邦さん(日本協会ナショナルチームダイレクター)は、「小さい頃から有名で、桁違いに上手だった」と懐かしむ。その名を一気にとどろかせたのは、強豪の清水商高時代。相手を手玉に取るドリブル、あとは決めるだけの完璧なラストパス、上から見渡すような広い視野で試合を支配する能力は同世代の中でも別次元だった。

 1998年W杯フランス大会には18歳で出場した。今も破られぬ日本最年少記録で、ジャマイカ戦では、いきなり相手の股の間を抜いてシュートに持ち込む堂々のプレーを見せた。99年は4月の世界ユース選手権で準優勝。だが、7月のシドニー五輪予選で、順調なサッカー人生が狂う。悪質なスライディングを受けて左膝に大けがをした。

 それでも、フェイエノールト時代には、華麗なプレーで欧州ファンを魅了した。あのクライフやファンペルシーらオランダ代表経験者も、非凡さを称賛したほど。レアル・マドリードなどビッグクラブで通用するとの声もあった。欧州移籍が盛んでなかった時代に、小野が残した偉大な功績は、色あせることはない。

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