熱海富士を正攻法で止めた「あの時」の朝乃山〔大相撲秋場所〕
2023年09月24日20時50分
大相撲秋場所千秋楽(24日、東京・両国国技館)、貴景勝が11勝4敗同士の優勝決定戦で熱海富士をはたき込み、辛くも大関の体面を保った。本割で熱海富士を下して決定戦をお膳立てしたのは朝乃山。大関経験者として苦しい胸中で上がった土俵で見せたのは、「あの時」の朝乃山の相撲だった。
「熱海富士、お疲れさま」 地元で橋幸夫さんら声援―大相撲秋場所
◇国技館に複雑な大声援
満員の館内に複雑な大声援が響いた。21歳の初々しい熱海富士に優勝させたい。その新鋭に朝乃山が負けるところを見るのも忍びない。
控えの両力士は好対照だった。前をまっすぐ見て集中力満点の熱海富士に対し、朝乃山はどこか自信なさげに目を伏せる。
だが、勝負は朝乃山の快勝だった。初顔合わせでも相四つとあって、当たってすぐ右四つ。ともに左上手が届かない。上手を取れないまま寄って攻め切れないのが朝乃山の課題だが、この日は構わず寄った。
リーチのある熱海富士が先に上手を引く。朝乃山の圧力をかわすように左へ回って形勢逆転を図ったが、出足を止めない朝乃山は、体を寄せて西土俵へ寄り切った。「思い切って攻める気持ちで」「相手が先に上手を取って動いてきたところを出ました」という。
「お互いに大一番」と思っていた。3敗で単独トップのまま優勝したい熱海富士はもちろんだが、西前頭2枚目の朝乃山は前日まで8勝6敗。来場所の三役復帰へ向け最低9勝はしておきたかった。
◇左上手に構わず前へ
熱海富士には勢いだけでなく「左上手を取るのば僕より早くてうまいし、器用なこともできる印象」と、自分にないものも感じていた。
できるのは「自分の相撲を信じること」。朝乃山自身も2019年夏場所、西前頭8枚目のダークホースとして平幕優勝を飾っている。左上手が遅くても深くても、右を差して出足を止めずに出る相撲で、そこから大関への道が始まった。この日見せたのは「あの時」の朝乃山だった。
攻めの甘さものぞき、いまだ課題の残る取り口だが、迷ってはいられなかっただろう。1人だけ4敗を守った貴景勝が、優勝決定戦で立ち合いに熱海富士をはたきこみ、観客をがっかりさせたのと違い、正攻法で番付の差を見せた。
前日に千秋楽の取組を見た心境を聞かれ、「言わないです」と笑い、「いろいろな思いはありましたけど、あまり深く考えずに」とだけ話した。不祥事による出場停止が明けて8場所目。大関経験者が三段目から出直す過程では、勝ってホッとする白星ばかりで、その最たる1勝に違いない。
東筆頭の北勝富士が8勝、同2枚目の阿炎も9勝したため、来場所の三役復帰は微妙だが、この白星が、改めて課題と取り組み、大関返り咲きへの歩みを強める一歩になるか。(時事通信社 若林哲治)