藤竜也が“ダンディー”を捨てた理由 忘れられない二人との出会い、映画「それいけ!ゲートボールさくら組」主演
2023年05月19日18時00分
俳優業の魅力は、作品や演じる役柄を通して未知の世界に触れられることだという。「最近ならカキを捕る漁師とか、そば打ちの名人…。それが(俳優の)醍醐味だし、やっていても楽しい」と藤竜也は語る。「役をもらうと、最初は『どうしよう、これ、俺にできるの?』とオドオドしてしまう。そこから始まって、『うん、できる!』と思えるレベルにまで持っていく」。キャリアは60年以上を数える81歳の大ベテランの精神は、新人の頃と変わらず、現在もみずみずしい。
◇ベタな内容に引かれて
最新の主演映画「それいけ!ゲートボールさくら組」(野田孝則監督、公開中)は、シニア世代のスポーツとして親しまれている競技を題材にしたコメディー。高校時代、ラグビー部のマネジャーとして自分を支えてくれたサクラ(山口果林)が経営するデイサービス施設の危機を救おうと、かつての部の仲間たち(石倉三郎、大門正明、森次晃嗣、小倉一郎)と共に立ち上がる76歳の桃次郎を演じた。
施設の知名度を上げるために、桃次郎は地元で開かれるゲートボール大会での優勝を目指して仲間と練習を始めるが、若き日の体力も気力もない彼らは悪戦苦闘する。施設の跡地を狙う悪徳ゼネコンが登場するなど、やや大仰な展開もあり、藤は最初に脚本を読んだとき、「あまりにベタ過ぎて『どうなんだろうな?』と(不安に)思った」と笑う。しかし、オファーを受けたのはコロナ禍で行動が制限されていた時期で「非常に鬱屈(うっくつ)していた。そんな時に、仲間がいてワイワイやるベタなコメディーの話。『いいなあ』と。反射的に『やりたい!』と思いました」。
桃次郎の設定は“ごく普通のおじいさん”で、特別な役作りなどをすることなく自然に入っていけたという。物語ではコミカルな要素を随所に交えながら、「人生は幾つになっても遅過ぎることはない」とのメッセージも語られるが、藤は「そんな年寄りの心理や気分もよく分かった」と話す。
唯一、心配だったのはゲートボールのシーン。これまでは「公園で誰かがやっているのを見る程度」で経験はゼロ。事前に練習しようと考えたものの、監督からは「その必要はありません。(初心者の設定だから)逆にうまいと困る』と禁止令を出されたとか。「球はCGを使うから大丈夫と言ってもらいました」と裏話を明かしてくれた。
◇「秋風が吹く」感覚
藤は大学時代にスカウトされたことをきっかけに日活に入社。1962年から俳優のキャリアをスタートさせ、代表作の「愛のコリーダ」(76年)をはじめとする映画やドラマを中心に活躍を続けている。硬派も軟派も自在に演じる幅の広さを誇るが、30~40代前半は、たばこのCMなどに代表される野性的でダンディーな魅力を演技にも反映させていた。「だから、どこを切っても同じ“金太郎あめ”。でも、『それでいいんだ。格好良くやろうぜ!』と覚悟していた」
だが、40代を超えた頃、本人いわく「秋風が吹く」ような感覚を味わい、従来のスタイルを捨てたのだという。他人から具体的に何かを言われたり、何かの作品が契機になったりしたわけでもない。「冷たい風が吹くように、ふっと『飽きられたな』と思ったんですね。賞味期限が切れたなと」。それからは、「役を自分に合わせる」演技のやり方を「自分が役に近付く」アプローチに転換し、役の幅も広がっていった。
そんな「秋風が吹く」節目は以後、何度か訪れたといい、「そのたびに分からないながらに、かじを切っていきました」と振り返る。
◇大人の男の素顔
長い俳優生活では多くの出会いがあった。忘れがたいのは日活時代の先輩だった石原裕次郎さんと、自身のターニングポイントの一つとなった「愛のコリーダ」で組んだ大島渚監督だ。「石原さんは、後輩の私にもリスペクトを持って接してくださるような、誰に対しても温かくて太陽のような人。大島さんは映画を通して自分の哲学や信念を貫き、戦い、挑戦しておられた。映画の持つ力を教えてもらいました」
敬愛してやまない二人の生きざまは、藤に大きな影響を与えたようだ。年齢や肩書に関係なく相手にリスペクトの念を持ち、敬語で接するという姿勢は「石原さんから教わった」もの。一方、自分のスタイルを固定することなく次々に未知の役柄に挑み、若い監督や海外の映画人との仕事にも果敢に取り組むチャレンジ精神は、大島監督に重なって見える。
一時期流行した「ちょい悪オヤジ」の先駆け的な存在で、今もスタイリッシュな大人の男の雰囲気を漂わせるが、プライベートでは庶民派で、家族で回転ずし店に出掛けるそう。コロナ禍で外出機会が激減した時期は、愛妻のために料理作りに精を出すなど家庭的な一面も。得意料理は煮物。「ひじきとか里芋、春ならフキ。さっと作ります」
「仕事はやり過ぎないのがいい」と話しつつ、8月には今年2本目の主演映画「高野豆腐店の春」の公開が控えるなど、エネルギッシュな活動ぶりだ。「60年はあっという間だった。健康に恵まれて、ここまでやってくることができた」と言う藤に、「元気の秘訣(ひけつ)は?」と尋ねると、「家庭円満ですね」。その一言を発した直後に破顔一笑した表情は、とびきりチャーミングだった。(時事通信社・小菅昭彦)