岸田首相、徴用工問題で配慮 「日韓正常化」演出に腐心―歴史認識、火種なお
2023年05月07日20時58分
韓国との「シャトル外交」を再開させた岸田文雄首相は、尹錫悦大統領との間で「関係正常化」の演出に腐心した。焦点となった歴史認識では、元徴用工の苦難に言及して「心が痛む」と表明、韓国世論に一定の配慮を示した。ただ、韓国国内に反省や謝罪を求める声がある以上、火種が残ることは否めず、両首脳の思惑通りに関係改善が進むかは見通せない。
◇反省・謝罪口にせず
「厳しい環境の下で、多数の方が大変、苦しく悲しい思いをしたことに心が痛む」。首相は会談後の共同記者会見で、元徴用工の置かれた境遇にこう言及。「私自身の思いを率直に語った次第だ」とも強調した。ただ、植民地支配への「痛切な反省とおわび」を明記した1998年の日韓共同宣言など歴代内閣の立場を「全体として引き継ぐ」とした3月の首脳会談の言い回しを繰り返し、その内容には触れない基本線は崩さなかった。
前回会談後、韓国国内ではこうした首相の対応に不満の声が上がり、元徴用工訴訟の原告の一部は、賠償を肩代わりする財団からの相当額受け取りを拒んでいる。野党の批判の矢面に立たされる尹政権からは、日本政府の求めに応じて元徴用工問題の収束を急いだことに対する首相の「呼応」への期待が水面下で伝えられていた。
そもそも、首相が前回会談からわずか50日余りで訪韓を決めたのは、この問題での尹氏の決断に応えるためだった。ただ、日本政府としては、65年の日韓請求権協定で賠償などは「解決済み」との立場は崩せない。政府関係者は「今回、行くこと自体が呼応だ」と言い切った。
尹氏も、首相が早期のシャトル外交再開に踏み切ったことで「関係正常化が軌道に乗った」と高く評価。「歴史問題に完全にけじめをつけない限り、未来の協力に一歩も踏み出すことができないという考えから脱却しなければならない」と、未来志向の姿勢を鮮明にした。
◇尹氏、国内世論と溝
「懸案がなくても訪問して話ができる関係を目指すのが首相の考えだ」。日本外務省幹部は、首相が今回、シャトル外交を急いだ真意をこう説明する。
前回の会談以降、韓国政府は日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の正常化を日本側に通知。日本政府は輸出管理手続きを簡素化する「グループA(旧ホワイト国)」に韓国を戻すことを発表し、日韓関係の「とげ」は次々と取り除かれた。この間、5年ぶりの外務・防衛当局間の安全保障対話や7年ぶりの財務相会談も開かれた。
こうした前向きの動きを踏まえ、首相は共同会見で、経済安保やインド太平洋地域での連携など会談の成果を説明。協力できる分野をてこに正常化加速を図る姿勢を鮮明にした。
首相には、19日からの先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)に合わせた日米韓首脳会談を前に、認識を擦り合わせる狙いもあった。3月と今回の日韓首脳会談の間には、尹氏が訪米しバイデン大統領と会談。3カ国による対北朝鮮での連携を立て続けにアピールする場にもなった。
ただ、日本との関係改善に前のめりの尹氏と、韓国世論の間には深い溝が横たわる。会談では、慰安婦合意が文在寅政権でほごにされた問題や、2018年の韓国軍艦艇による火器管制レーダー照射など、残る懸案には踏み込まなかった。両国関係を安定軌道に乗せるには、越えなくてはならないハードルは少なくない。(ソウル時事)