琉球の優勝を決めた張本智和がラケットを投げた訳〔Tリーグ〕
2023年03月26日08時00分
卓球のノジマTリーグは23日に男子決勝が行われ、レギュラーシーズン2位の琉球が同1位の木下東京を3-2で破り、2季ぶり2度目の優勝を果たした。最終5番のビクトリーマッチで、世界ランク5位のウーゴ・カルデラノ(ブラジル)に勝って優勝を決めた張本智和(IMG)は移籍1年目。試合後にラケットを放り投げて喜びを爆発させた。積もった思いがこみ上げたようだが、ラケット投げは海外では処分の対象にもなる。
◇篠塚にストレート負けの衝撃
3番のシングルスで篠塚大登(愛知工大)に負けていた。篠塚もパリ五輪シングルス代表選考レースのポイントで張本に次ぐ2位につけるホープだが、張本は負けたことがない。張本自身もベンチも確実に1点を計算したオーダーのはずが、0-3の完敗だった。
1番のダブルスで吉村真晴(チームマハル)、和弘(個人)の兄弟ペアが大島祐哉、篠塚組に勝って琉球が先勝し、2番で木下東京の及川瑞基(木下グループ)が濱田一輝(早大)を下して1-1。琉球は張本で王手をかけるシナリオが一転、追い詰められた。
ワールドテーブルテニス(WTT)シンガポールスマッシュから帰国したばかりの張本は、「体は2日間休めたけど、気力が全然駄目でした」という。
レギュラーシーズンで単複19勝4敗の勝率を挙げたが、「大きな舞台でとんでもないことをしてしまった。ここで1敗することで、シーズンで全勝しようが何の意味があるんだろうかと」。
しかし、4番の吉村真がカルデラノを激戦の末に3-2で倒す。攻守の使い分けと持ち前のサービス力で競り勝った。
琉球の張一博監督はビクトリーマッチを張本でと決めていたが、3番の敗戦で「正直焦った」。董崎ミン(山ヘンに民)コーチが控室で沈む張本と話し合ったという。
張本は「残り数パーセントの気力を振り絞って」臨み、今度は攻めた。激しいラリーから超絶バックハンドをストレートへ打ち抜く場面が2度もあり、2423人の観客から揺れるような歓声が起きた。
ビクトリーマッチは1ゲーム勝負。10-4からカルデラノのレシーブがコートを外れると、張本はラケットを放り投げ、上半身裸になって仲間と喜び合った。
◇「いろいろこみ上げて」と張本
思うように勝てない時期を、昨年の春先に抜け出した。体調の回復、早大(通信制)への進学、董コーチへの師事などさまざまな変化があり、さらに大きかったのが琉球への移籍だった。パリ五輪国内選考会3回のうち2回を制し、秋の世界選手権団体戦は中国との準決勝で樊振東、王楚欽を倒し、久々に王国を震撼させた。
その1年(度)の集大成が年明けからの全日本選手権とTリーグの優勝だったが、全日本は決勝で戸上隼輔(明大)に敗れた。直前のシンガポールスマッシュでもアフリカ王者のクアドリ・アルナ(ナイジェリア)にストレート負けしている。
解説者の渡辺理貴さんは「全日本もシンガポールも、守りながら崩していこうとして攻められ、途中から攻めに転じても間に合わない試合がある。篠塚戦もそうだった」とみる。
ビクトリーマッチは、琉球への感謝など多くの思いを最後に形にできた勝利だった。ラケットを投げたのも、渡辺さんは「何も考えず出てしまったのでは。張本の場合、試合の最初から気持ちがハイだが、最後はハイを通り越していた」と察する。会場や動画で見たファンも、気持ちだけは理解できるだろう。
記者会見では、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大谷翔平(エンゼルス)が優勝してグラブと帽子を投げたのに触発されたかと聞かれ、「(大谷選手を)意識する余裕はなくて無心でした。パフォーマンスを考えたことは一度もないです。いろいろこみ上げてきたので」と答えた。
◇海外では厳罰にもなるラケット投げ
子どもたちへの影響を問うと、「意地悪な質問ですね」と苦笑しつつ懸命に説明した。
「投げるか投げないか決められるなら投げない方がいいですけど、スポーツには常識のルールを飛び越えた感動があって、子どもに聞かれたら、投げない方がいいと答えますけど、それ以上の喜びだったり、自分が自分を許せる以上の喜びを感じたりした時には…きょうは百パーセント飛び越えました」
張本は昨年9月、Tリーグの彩たま戦でもラケットを投げている。この時は投げたというより、松平健太(ファースト)との激戦に勝った瞬間、両手を広げたら右手から離れて飛んでいった感じだった。グリップが壊れ、修理して世界選手権団体戦に臨んだという。
この日は捨てるように「アンダースロー」で投げ、フェンス際まで飛んだラケットが拾い上げられたのは、しばし喜び合った後だった。
海外ではラケット投げがバッドマナーとされ、処分の対象にもなる。先のシンガポールスマッシュではルーウェン・フィルス(ドイツ)が負けた直後、小石で水を切るように「サイドスロー」で投げ、フェンスのさらに外の柵にぶつけた。WTTには、用具を暴力的に扱って危険にさらす行為を禁じ、違反者には最高500米ドル(約6万5000円)の罰金などを科す規定がある。
2019年には王楚欽がワールドツアーで試合中に投げたラケットが相手コートへ飛び込み、中国卓球協会は3カ月間出場停止処分にした。06年アジアカップでは中国の陳キ(王ヘンに己)がラケットを投げつけてベンチのいすを蹴り上げ、半年間の国際大会出場停止と農村での再教育処分を受けた。両チームのコーチも処分されている。ともに中国選手同士の対戦だった。
それぞれの規定や判断により、試合の最中か後か、どこへ投げたか、理由は何か-などでも多少違うだろうが、はっきりしているのは、卓球界にはマナーに厳しい文化があること。
ネットインやエッジボールの際の振る舞いをはじめ、喜びのあまり相手と審判へのあいさつより先にベンチへ戻ってもいけない。まして用具の比重が大きいこの競技で、技術者への敬意は世界共通だろう。張本は「以後気をつけますが、絶対ないとは言えない」という。どこかでまたうっかり投げれば重大な結果を招きかねない。
◇マナーとパフォーマンスの両立を
規定の有無は別にして、日本の現状を考えてもいいとは思えない。観客はまだ中高年が中心で、多くは元卓球部員だろう。なけなしの小遣いで買った用具を大切に使った人たちだ。特に往年の主流だった単板の日本式ペンラケットは、手が滑って飛んだり台に当たったりしただけで、二つに割れることがある。接着剤で付けても打球感は元に戻らないから、泣くに泣けない。
そんな祖父母の勧めや支援でプレーしている選手や子どもたちも、たくさんいる。おじいちゃん、おばあちゃんに買ってもらったラケットは大切にして、メーカー提供のラケットは投げていいと、孫に説明できるだろうか。
張本は「一度もない」というが、これを機にパフォーマンスを考えてはどうか。卓球が不人気だった時代は、見られている意識が薄く、勝つための声出しは見苦しいほどなのに、少しでも会場を盛り上げようとする選手は異端だった。
今はパフォーマンス自体をとがめられる時代ではない。まして張本ほどの選手なら、マナーと両立するパフォーマンスをつくり、観客との「お約束」にしてもいい。少なくとも、ゲームオールのジュースでどんなサービスを出すかを考えるよりは、難しくないと思う。(所属の記載がない選手はTリーグのチームと同じ)(時事通信社 若林哲治)