首相、リスク覚悟のキーウ入り 印ホテル、極秘裏に脱出―直前に発表、誤算も
2023年03月21日20時04分
岸田文雄首相が21日、意欲を示し続けたウクライナ訪問を実行に移した。現地入り直前、一部報道が移動中の姿をカメラに捉え「電撃訪問」が事前に明らかになる誤算もあったが、5月に広島市で開く先進7カ国首脳会議(G7サミット)を控え、リスクを冒してでもゼレンスキー大統領に直接「連帯」を伝える道を選んだ。
◇エレベーターに消える
「ウクライナにこれから行ってきます」。首相は21日午前10時ごろ、公明党の山口那津男代表に電話で伝えた。現職首相が事前に公表せず、戦争当事国を訪れたのは戦後初めてだ。
20日、インドに政府専用機で到着した首相は首脳会談など公表された日程を予定通りこなし、現地時間午後7時(日本時間同10時半)ごろに宿泊先のホテルに到着。外務省職員が執務する部屋に顔を出してねぎらい、エレベーターに乗り込んだ。
この約15分後、同省担当者が約20分かけて日印首脳会談の内容を同行記者団に説明した。首相がホテルを極秘裏に出たのは、このタイミングが有力だ。記者団を一室に集めることができたためで、官邸関係者は「抜け出しやすい時間帯だった」と指摘した。
ウクライナの隣国ポーランドにはチャーター機で移動し、中継駅から列車でキーウに向かった。政府専用機は首相不在のまま、同行記者団を乗せてインドから帰国の途に就いた。
「予兆」はあった。自民党は参院予算委員会の集中審議を22日に開く段取りを描いていたが、首相がインドから帰国する時刻が固まらず、開催が23日以降となった。公表されたインド滞在日程も21日は空港出発以外に予定がなく、与野党はそろって「行くならここだと思っていた」と振り返った。
◇秘密保持は成功せず
首相キーウ訪問では主に(1)秘密保持(2)安全確保―がハードルだった。
隠密行動を貫くための課題の一つが、慣例となっている事前の国会承認だったが、与野党は柔軟に対応する姿勢を示した。政府関係者は「国会には知らせていない」と明かした。
山口代表は21日、取材に「暗黙のコンセンサスの下で断行したと思う」と指摘。立憲民主党の泉健太代表も「情報を秘匿して対応せざるを得ないことは理解する」と語った。
ただ、情報保全は完璧ではなかった。NHKなどが21日午前、首相が中継地となるポーランドのプシェミシルの駅に到着したと報道。これを追認するように、政府は21日午後0時15分に訪問を発表した。外務省幹部は「帰国する政府専用機に首相が乗っていないことが分かるので、その時点で公表するつもりだったようだ。一部報道を受けて発表した」と誤算を認めた。
自民党の小野寺五典元防衛相はツイッターに「危機管理が憂慮される」と投稿。政府関係者も「安全確保はどうなっているのか。事前に報道が出た時点で失敗だ」と漏らした。
◇支持率向上に期待
警視庁の警護員(SP)は一部が同行したもようだが、詳しい警護体制は不明。自衛隊同行には法的根拠がなく、防衛省関係者は「ウクライナ側に任せたのではないか」と推測した。
電撃訪問を巡り、政権中枢は事前に「簡単に行けたら苦労しない」とけむに巻いていた。自民党関係者は4月の統一地方選や衆参両院の補欠選挙に向け、「度胸があることを示せた。内閣支持率は上がるだろう」と期待した。