DV被害対策の先進国スペイン、現状と課題

2023年03月10日16時34分

【マドリード(スペイン)AFP=時事】スペイン在住のエステルさん(30)は11年前、同居していたパートナーにバルコニーから突き落とされそうになり、危うく死にかけた。(写真は、スペイン・バルセロナで、女性に対する暴力撤廃の国際デーに行われた抗議デモの参加者)
 近所の住民に助けられ、警察に行った。それ以前からパートナーに精神的な虐待を受けていたにもかかわらず、警察に通報したことはなかった。
 エステルさんは命拾いしたが、スペインではパートナーや元交際相手に女性が殺害されるケースがここ最近で急増している。
 同国では以前から、ジェンダーに基づく暴力を根絶する先駆的な取り組みが行われてきた。しかし、昨年12月にドメスティックバイオレンス(DV)で殺害された女性は2008年以降最多の11人を記録した。今年1月は7人に上った。
 多くの場合、当局はDV防止には至っていない。そして被害を受ける側も、手遅れになるまで危険信号を見落としていることが少なくない。
 エステルさんの場合、今にして思えば、交際相手の暴力的な傾向を示す危険信号はいくつもあった。交友関係を制限され、服装に口出しされ、夜は床でしか寝ることを許されないなどだ。
 ■ホットラインに年間10万2000件の相談
 非公表の場所にあるコールセンターで、十数人のオペレーターが「016ジェンダー・バイオレンス・ホットライン」に対応していた。
 「こちら016。どうされましたか?」
 オペレーターの一人が、電話の向こうにいる女性を落ち着かせようと声を掛けていた。
 「彼は今、あなたの隣に座っていますか?」
 2007年に開設されたホットラインには昨年、過去最多の10万2000件の相談があった。
 コーディネーターのスサナ・ガルベス氏は、ホットラインの目的は女性に選択肢を提供することにあると説明する。「016は、暴力的な状況から抜け出す最初のステップです」と話した。
 スペインでは2004年にDVを禁止する法律が施行され、ジェンダーに基づく暴力を根絶する取り組みが優先的に進められてきた。
 だが、DV問題に詳しい検事のテレサ・ペラマト氏によれば、DVを受けた女性が相手を訴えるまでに要するのは「平均8年8か月」だ。地方在住者の場合は12年から20年かかる。
 「よくあることだが、自分が暴力を受けている事実を被害者本人が一番認識していない」とペラマト氏は指摘する。
 「暴力を受けても大したことではないと考え、相手からさらにひどい暴力を受けるのを恐れる一方で、司法制度を信用せず、経済的にも精神的にも(自分を虐待する相手に)依存してしまっている」からだと説明した。
 ■DVの傾向を示す兆候
 エステルさんと同じく、ノエリア・ミゲスさん(29)も自分がDVを受けている自覚がなかった。
 元交際相手に首を絞められ、8回刺された。助かったのは死んだふりをしたからだ。
 今ではDVの傾向を示す兆候が分かるようになった。「最初から自尊心を傷つける態度を取る、ばかにする、すごむ、つばを吐く」行為などを例に挙げた。
 だが、被害者の気付きだけに頼るのではなく、司法制度そのものに不備があり、DV被害を未然に防げていないのではないか見直す必要があるとペラマト氏は主張する。
 昨年発生した殺人事件のうち、被害者の女性が加害者に対して既に法的手続きを開始するか、加害者に前科があったものが全体の43%を占めた。
 ミゲスさんの場合は、警察に相談すると、交際相手は別れた恋人に暴力を振るい、有罪判決を受けていたことが分かった。
 スペインの左派政権は今月、パートナーに暴力を振るった前科がある場合、ケース・バイ・ケースではあるが、警察はDV被害を相談した女性に危険を警告できる制度を導入した。
 ■リスクレベルを判定するプログラムの穴
 スペイン当局は2007年以降、DVの危険性をアルゴリズムで判定する「VioGen」と呼ばれるプログラムを採り入れている。
 だが、ジェンダーに基づく暴力の根絶を訴える人々は、カナリア諸島で46歳の女性が殺害された事件でこのプログラムの欠点が浮き彫りにされたと指摘し、改善の必要性を訴えている。
 昨年12月、この女性は元交際相手を告訴したが、後に取り下げた。地元メディアによれば、その結果、VioGenは女性に対するリスクレベルを下げた。翌日、女性は元交際相手に殺害された。
 ヨシュア・アロンソさんは、子どもや若者を対象にジェンダーに基づく暴力に関する啓発的なワークショップを行っている。アロンソさんの母親は2017年、元交際相手に自宅を放火され、2人共、焼死した。
 スペインはジェンダーに基づく暴力との先駆的な取り組みを評価されているが、記録が開始された2003年以降、殺害された女性は1000人を超えており、道のりはまだ長いとアロンソさんは言う。
 「こうした取り組みでスペインが先頭に立っているなら、他の国の実態はどうなっているのか考えたくもない」と話した。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕

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