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英、曲折経て前進 「ドミノEU離脱」なし―残留派、未来に託す

2020年02月01日21時08分

1月31日、欧州連合(EU)離脱直前に英北東部サンダーランドで開かれた閣議で、笑顔を見せるジョンソン首相(AFP時事)

1月31日、欧州連合(EU)離脱直前に英北東部サンダーランドで開かれた閣議で、笑顔を見せるジョンソン首相(AFP時事)

 曲折を経て、英国が欧州連合(EU)を離脱した。発端となった2016年の国民投票では、EUと別々の道を歩むことに反対した有権者は半数近くに上り、まだ気持ちの整理がつかない国民も多い。混迷の長期化で、一時は「もう離脱しないのではないか」とまでささやかれたが、投票結果が覆ることはなかった。喜びをかみしめる離脱派と、途方に暮れる残留派。交錯する思いを振り切るように、英国は前進を始めた。
 ◇27年、離脱一筋

1月31日、ロンドン中心部の議会前広場にある特設ステージで、至福の時を迎えたファラージ離脱党党首(EPA時事)

1月31日、ロンドン中心部の議会前広場にある特設ステージで、至福の時を迎えたファラージ離脱党党首(EPA時事)

 「戦いは終わった。われわれは勝ったのだ」。ファラージ離脱党党首は1月31日夜(日本時間2月1日朝)、ロンドン中心部の議会前広場にある特設ステージにいた。約27年間、離脱一筋でやってきた異色の政治家の晴れ舞台だ。
 嘲笑され、冷遇され、罵倒され続けた27年間でもあった。しかし、生涯の夢をかなえたファラージ氏はこの夜、大勢の聴衆に囲まれながら至福の時を過ごした。

 1993年のEU発足以来、英国の離脱運動は「欧州懐疑派」と呼ばれる一部の下院議員らが主導した。彼らは与党・保守党内の少数派グループで、影響力は限定的。「極端な主張」と受け止められていたEU離脱が大衆の支持を獲得していく過程で、政界きっての演説能力を誇るファラージ氏が果たした役割は計り知れない。
 ◇極右が萎縮

欧州連合(EU)本部があるブリュッセルで、英国との別れを惜しんで英国旗の柄の衣装をまとう観光名所の小便小僧=1月30日(EPA時事)

欧州連合(EU)本部があるブリュッセルで、英国との別れを惜しんで英国旗の柄の衣装をまとう観光名所の小便小僧=1月30日(EPA時事)

 ファラージ氏は、英国の次にEUを離脱する候補国としてイタリア、デンマーク、ポーランドの3加盟国を挙げる。これらの国で懐疑派が支持されているのは事実だ。一方で、英国の離脱決定直後に懸念された「ドミノ離脱」の兆候は今のところ現れていない。
 その原因の一つが、英国の離脱そのものだ。英国がEUと合意した離脱案は議会で三たび否決。焦点の英領北アイルランド国境管理問題も行き詰まり、EUから出ることがいかに大変かを知らしめる効果は絶大だった。EU離脱を声高に主張する懐疑派や極右は減少。フランスの極右・国民連合(旧国民戦線)のルペン党首も今や「内側からのEU改革」を説く。
 ◇離脱でなく休暇?
 離脱派と対照的に、残留派はEUへの愛着が深い。欧州議員を務めた英男性は離脱前、「いつの日か、英選出議員が再び欧州議会に座り、われわれの利益を代表するだろう」とツイッターに投稿。「英国は(離脱するのではなく)長期休暇を取るのだ」と結んだ。
 英国がEUに再加盟する可能性は現時点で低い。しかし、「EUの伝道師」フェルフォフスタット欧州議員(ベルギー元首相)は英BBCラジオで「英国はいつかEUに再加盟すると思う。私が生きている間ではないかもしれないが、そうなる」と語り、未来に希望を託した。(ロンドン時事)

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